曹洞宗 四谷山 長善寺(笹寺)
よつやさん ちょうぜんじ (ささでら)
住所:新宿区四谷4丁目 最寄り駅:地下鉄丸ノ内線四谷三丁目駅
篠寺(ささでら)
同所(四谷)塩町3丁目の左側にあり。四谷山(しこくさん)長善寺といへる禅林にして、篠寺はその異名なり。天正3年(1575)乙亥の草創にして開山は文叟憐学(ぶんそうりんがく)和尚、本尊は釈迦如来、脇士は普賢、文殊。
江戸名所図会
四谷塩町3丁目
曹洞宗長善寺は天正3年に起立し、江戸時代の境内拝領地2327坪。四谷最初の霊地として四谷山の山号をもつ。将軍徳川秀忠が鷹狩の際に立ち寄り、境内一面に熊笹がはえていたのを見て笹寺と命名し、以来その名称でも知られる。
日本歴史地名大系
東京都の地名
篠寺(ささでら) 江戸名所図会
笹寺 長善寺 四谷絵図 (1864年)
長善寺(笹寺)
曹洞宗・長善寺は、天正3年、『甲陽軍艦』の著者として知られる甲斐国(山梨県)武田氏の臣高坂弾正昌信の居所にむすばれた草庵から起こった。開山は文叟憐学和尚で、本尊の釈迦如来石像は元禄3年(1690)7月に造られたものである。当寺は笹寺とも呼ばれているが、この名は、二代将軍徳川秀忠が鷹狩の途中ここに立ち寄り、境内に笹が茂っているのを見てつけたものだとも(『江戸名所図会』など)、それは三代将軍徳川家光が江戸巡覧をした時のことだとも(寺伝)いわれる。この二説には、いずれも確実な根拠があるわけでないから、どちらが正しいとはいいかねる。ただ、当寺の宝物となっている「めのう観音」(区指定文化財)が秀忠の念持仏で、秀忠の死後に夫人の崇源院が寄贈したという伝えや(婦人の念持仏であるとの説もある)、開山の、文叟憐学和尚が寛永9年(1632)に没していること等を考え合わせると、将軍秀忠の時代のことと考える方が自然のようである。
この寺には「四谷勧進角力始祖」と刻まれた3m程の石碑がある(写真左)。これは力士明石志賀之助が寛永元年に境内で6日間の相撲興行をしたのを、江戸の勧進相撲のはじめとして東京角力協会が建てたものである。
新宿区の文化財・史跡
新宿歴史博物館
(上の説明も同)
現在の笹寺
2004/11