正覚山 大音寺 だいおんじ
住所:台東区竜泉一 最寄り駅:地下鉄日比谷線三ノ輪駅
花川戸町 根岸の里
落語:悋気(りんき)の火の玉
悋気は女の慎むところ、疝気は男の苦しむところ・・・・・
悋気・・・・つまり「やきもち」というのは焼き方が難しい。
やきはしやせんと女房いぶすなり
焼くというほどでなくて、狐色くらいに燻す嫉妬というものは、性質のいいもので、
寝たきりでいるはきれいな悋気なり
夜中に帰ってきた亭主を迎えもしなければ、問い詰めたりしないで、騒ぎ立てないのも嫉妬としては控え目だが、それが、
悋気にも当たりでのある金盥(かなだらい)
簪(かんざし)も逆手に持てば恐ろしい
朝帰り命に別状無いばかり
となると、ただ事じゃ済まなくなる。
浅草の花川戸に立花屋という鼻緒問屋があった。
このの旦那は堅い人間で、女は女房のほかに全く知らないという・・・・堅餅の焼きざましのような性格だが、この旦那があるとき仲間の寄り合いのくずれで、吉原へ誘われた。
江戸名所図会 吉原
一度遊んでみると、その味を忘れることができない。毎日のように遊びに行くようになったが、根が商人だから算盤をはじいてみて考えた。こんなことをしていたんじゃいくら身上があってもたまったもんじゃない。なんとか安く済ませる方法はないか、いろいろ思案した結果、花魁(おいらん・遊女)を身請けして、根岸の里へ妾宅(しょうたく)を構えて囲った。
江戸名所図会 根岸の里
いわゆる舟板塀に江市屋格子(えいちやごうし)、庭に見越しの松という家で、お妾やばあやに狆が一匹・・・・・若い女が湯上りで、派手な浴衣を着て、すっかり化粧をして、この狆を抱いている姿というものは誠に絵のような光景で・・・・・。
この狆を抱いていると、当人が引き立つ・・・・・なかには狆と同じような顔をして・・・・・狆を生んだんじゃぁないか・・・・・なんてぇかたもいる。
で、旦那は月のうち本宅に20日、妾宅に10日泊まるようになった。本宅のほうでは、この頃旦那の様子がおかしい、と感ずいて、調べてみると、案の定、根岸に妾宅があることがわかったので、本妻としては面白くない。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさいましっ」
「おい、なんだいその言い草は?おまえさんは女でしょ?女は女らしく、もっと優しく出来ないのかい?・・・・・あ〜あ、くたびれた」
「ええ、そうでございましょう。お疲れでございましょう。ふん」
「おい、おかしなことを言うね。おい、お茶を淹れておくれ」
「私が淹れたお茶なんかおいしくございませんでしょう、ふん」
「おい、どうでもいいけど、その ふん ってえのはおよしよ。感じが悪いよ。笑うんなら、あははと笑いなさい。・・・・・あ〜、腹がへった。飯を食おう、膳を出しとくれ」
「あたしのお給仕じゃぁうまくないでしょう、ふん」
「いいかげんにしなさい」

旦那だってこれでは面白くないから、プイと飛び出してしまう。こうなると妾宅へ20日、本宅へ10日と、物が逆になってくる。そのうちには、本宅へ帰らないことになる。さあ、本妻のほうではおさまらない。こういうことになったのも、あの根岸の女が出来たればこそだ、あの女を生かしておいてなるものか、祈り殺そうと、真夜中に、藁(わら)人形を杉の大木へ持っていって、五寸釘をカチーン、カチーンと打ちつけ始めた。
このことが妾宅のほうにも知れた。根が吉原にいた女だから意地じゃ負けない。
「むこうが五寸釘なら、こっちは六寸釘だ・・・・・ばあや、六寸釘を買っておいで」
根岸のお妾は六寸釘で、真夜中にカチーン、カチーンと呪いの祈りをはじめた。
これが花川戸の本宅に知れたから大変で・・・・・、
「なんだい?根岸で六寸釘で祈っているって?生意気なやつだねぇ。よーし、そんならこっちは七寸釘だよ。すぐに七寸釘を買っておいで」
さあ、こうなると、お互いに八寸釘だ、九寸釘だと競走で呪い始めた。
日本の呪い 小松和彦 挿絵
”人を呪わば穴二つ”本妻の一心が通じたものか、妾がころっと亡くなった。とたんに妾の一心が通じたものか、本妻も同じ日の同じ時刻にころっと亡くなった・・・・・。
こうなると馬鹿を見たのは旦那のほうで、いっぺんに葬式を二つも出すという騒ぎ、野辺の送りも済ませて、ほっとする間もなく・・・・・花川戸の立花屋の倉の傍から、陰火がパッと上がったかと思うと、この火の玉がふわふわふわと、根岸のほうへ向かって飛んでいった。すると根岸の妾宅から陰火が同じようにポッと上がって、ふわふわふわと、花川戸のほうに向かって飛んでいった。この火の玉と火の玉が大音寺の前のところで、カチーンとぶつかって、火花を散らす・・・・・という騒動になった。
江戸切絵図 浅草 火の玉が大音寺の前でカチーンと
(旦那は、このままでは店の信用に関わるということで、死んだ二人の霊を慰めるために伯父さんであるお坊さんにお経を上げてもらう。しかし、お経では受けつけてもらえない.そこでお坊さんは考えた。旦那と二人で出かけ、旦那が先ず両者を慰めてあげ、その上でお経をあげれば成仏するだろう。と、そして大音寺の前に出かける)
「寂しいですね」
「寂しいったって、ここは人殺しや追いはぎのでるところだ」
「ただこうして待っているのも退屈なもんだな・・・・えーと・・・」
「なにをしている?」
「煙草を吸いたいと思ったが、あいにく火道具を忘れてきてしまった。・・・・伯父さん火道具お持ちじゃありませんか?」
「わしは煙草は吸わんから持ってはおらん。まぁそこの木の根に掛けて待っていなさい」
しばらくすると、根岸のほうからひとつ陰火がパッと上がったかと思うと、ふわふわふわ・・・
「おい、あれが・・・おまえさん、お妾さんの火の玉だよ」
「ははあぁ・・・なるほど・・・おいおい、おーい、ここだよ」
旦那が声をかけると、ぴゅーっと飛んできて、三べんくるくるくると廻って、ぴたりと止まった。
「や、凄い勢いだね。しかしよく来てくれた。おまえの来るのを待ってました。ここにいなさる方は、おまえは知るまいが、おたしの伯父さんだ。このことについていろいろとしんぱいしてねえ・・・で、おまえが出てくれる気持ちはよくわかっているんだけれど、なにしろあれこれと評判になっちゃぁ困るんだよ・・・・話の途中だが、ちょっと待っておくれ、あたしゃ煙草が吸いたいんだが、火がなくて困っているんだ。ちょいとこっちへ来ておくれ。おまえの火で煙草をつけさせて・・・うんうん、ついた、ついた。」
と、旦那が煙草を吸っていると、花川戸のほうから一つ陰火がパッと上がったかと思うと、こっちは根岸の火の玉みたいにふわふわふわふわなんてそんな生やさしいものではない。ひゅーんと唸りを上げて、まっしぐら。
「おいおいっ、あれがおまえさんの女房の火の玉だ」
「いや、こりゃもの凄いね・・・・おいおい、おーい、こっちだ、こっちだ」
と、旦那が呼ぶと、ぴゅーんと一直線に飛んできた火の玉が、ぐるぐるぐるぐると五、六ぺん廻って、ぴたりと止まった。
「いや、よく来てくれた。おまえの来るのを待ってました。ここにいる方はおまえも知っての通り、あたしの伯父さんだ。このことについていろいろと心配してね。でね、今もこれにも話したんだよ。するとようやくわかってlくれて、姐さん、相済まないって、そう言って詫びをしようと言ってるんだから、おまえさんもいつまでも堅いことばかり言ってないでさ、あたしが困るじゃないか・・・・だからね、ま、いろいろ話もあるけどもさ・・・・ちょっと、ちょいとこっちへ来ておくれ、あたしが煙草を吸いたいから・・・」
と、旦那が煙管を持っていくと、火の玉がすーっとそれて、
「あたしの火じゃうまくないでしょ、ふん」
落語特選(下) 麻生芳伸 より





人魂(ひとだま)
霊魂が体から遊離して起きる怪火現象。浮遊している火の玉を人魂と見る例が一般的といえるものの、火の玉と人魂を区別している例もある。この現象は幻覚の一種であるが、生命の根源が霊魂にあり、その霊魂が肉体より離れることによって死や病気などさまざまな異常現象が起きるという遊離魂の概念にもとづいている。
人魂は死の前後に、夕方から朝方にかけて出現することが多いが、昼間に出現することもあり、死後かなりの期間を経たものが出現する場合もあるという。この場合にはこの世に未練を残して死亡した人の霊が多いといわれる。また、人魂の形・色・出現の状態もさまざまで、円形・楕円形、青白・赤・黄、ふわふわと飛ぶ、ぽーっと出るなどといわれ一様でない。
平凡社大百科事典
落語「悋気の火の玉」を理解してもらおうと思うと、文章に省略するところが殆ど無い。途中の一言一言が全て最後の「落ち」につながっているからである。そういうことで、本の丸写しとなり、本の作者には申し訳ないことになってしまった。
個人で楽しむホームページであるからご勘弁いただきたい。
この「悋気の火の玉」は私の大好きな落語の一つである。噺の部分部分に注目すると反道徳的であり、非難も出そうであるが、全体をボーっと眺めるようにみればまさしく「愛」の物語である。その最後の結晶が「あたしの火じゃうまくないでしょ、ふん」である。
また、発想もおもしろい。
「この火の玉と火の玉が大音寺の前のところで、カチーンとぶつかって、火花を散らす・・・・・という騒動になった。」とか、「火の玉と話しあう」、「火の玉で煙草に火をつける」などなど。
「大音寺」はたまたま吉原の近くにあった寺で、「大きな音」に通じるということで採用されたのではなかろうか。
それにしても、江戸時代には大音寺の前に立つと根岸や花川戸で火の玉の上がるのが見え、そして飛んでくるのが見えたなんて、確かに建物が無かったのでしょうね。
今後もこれを聞けることができたら非常に楽しいと思っています。
大音寺(寝釈迦寺)
本尊阿弥陀如来。享保3年(1718)火災で一切を失う。草創年代開基等不詳。同10年森誉によって中興したが、その後の火災や戦災で九尺の木製彩色寝釈迦像を失った。昭和34年現堂宇を建立。
全国寺院名鑑
大音寺入口
大音寺本堂
花川戸 墨田公園
花川戸 ビル街
現在の根岸の里
2003/11
火の玉の飛んだ場所
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