真言宗 西光山 無量寺 自性院
じしょういん
住所:新宿区西落合1丁目 最寄駅:地下鉄都営大江戸線落合南長崎駅
2005/01/15
本尊来迎阿弥陀如来。桂大納言経信の護持仏という。寺宝太田道灌招き猫地蔵尊。文明年間(1469-1487)、道灌「招き猫」石像を安置、明和年間(1764-1772)金坂八郎治が猫面地蔵を供養、以来猫寺の愛称あり。江戸初期、細田地頭の帰依により寺門隆盛。
全国寺院名鑑
「道灌招ぎ猫」
文明9年(1477)の頃、当所の豊嶋城(練馬城)主豊嶋佐ヱ門尉と太田道灌とが合戦した有名な江古田ヶ原のの戦いの折、日暮れて、道に迷った道灌の前に1匹の黒猫があらわれて、道灌を当院に案内した、そこで道灌は一夜を明かしたため危難を免れ大勝利を得た。これひとえにこの猫のおかげと感謝して、この猫を大切に養い、死後丁重に葬った上1体の地蔵尊を造って盛大な供養をして、この地蔵尊を当院に奉納した。これが当院の猫地蔵尊の最初の縁起であります。
「猫面地蔵尊の由来」
その後数百年を経て、徳川の中期、明和4年(1767)4月19日江戸小石川御三間屋の豪商で加賀屋舗の真野正順の娘御で金坂八郎治の妻となり、貞女の誉れ一世に高く、後の覧操院孝室大姉の法号を謚(おくりな)されたがこの貞女の為牛込神楽坂辺にて鮨商売を渡世としていた弥平という人がこの貞女の誉れを後世の亀鑑(かがみ)につたえたい、又一つにはこの覧操院の冥福を祈るため、世にも珍しい一体の猫面地蔵尊を丈五十センチ程の石にきざんで造り、猫に因縁深い地蔵尊を祀っている当院を訪ね住持の鑑秀上人に開眼供養を依頼してねんごろに法要を営み御像を当院に納めたと伝えられています。この地蔵尊が当院秘仏の猫面地蔵尊で俗に猫地蔵と申しているものであります。
猫地蔵尊秘仏ののお開帳は毎年二月の節分の日だけであります。
ねこ地蔵尊縁起
自性院
猫地蔵尊像は地蔵堂の中にあり、また地蔵堂はカーテンで塞がれており地蔵尊の拝観は出来なかった。
地蔵堂扁額
中央:地蔵堂 右:赤い山門
山門