亀戸天神社 (梅と藤と学問の神社)
かめいどてんじんしゃ

住所:江東区亀戸三丁目   最寄り駅:都営浅草線押上駅

亀戸 宰府天満宮   江戸名所図会

宰府天満宮
亀戸村にあり、故に亀戸天満宮とも唱ふ。お旅所は当社の南竪川通北松代町四丁目にあり。筑前国榎寺の模(うつし)なり。薬師堂あり、8月24日祭礼の時神輿をここに移しまいらす。
本社、祭神天満大自在天神。相殿、天稲日命(あまのほひのみこと)、土師宿称(はじのすくね)。
江戸名所図会

亀戸天満宮祭礼  江戸名所図会

祭礼
隔年8月24日に修行す。当日竪川通北松代町のお旅所へ神幸、同日帰輿。生子(うぶこ・うじこ)の町々よりも練物、車楽等を出してはなはだしくきそへり、翌25日に至りて神詠披講社頭において行う。
江戸名所図会

絵に残された亀戸天神

亀戸天神の社 広重 絵本江戸土産

本殿の手前には「心字池」があり、中島が二つある。手前に太鼓橋、次が小橋、さらに太鼓橋を経て本社に参拝する。池の周りには藤棚が造られている。

亀戸天満宮の図 北斎

左:亀戸天神 広重 名所江戸百景

藤の花が満開で藤棚を通して太鼓橋を描いているさらに池の向い側にも藤棚があり鑑賞している人も見られる。



下:亀戸天神太鼓橋 北斎

亀戸の藤見  清長  浮世絵八華

現在の亀戸天神

天神様の梅

亀戸天神社
祭神は菅原道真・天菩日命。旧府社。「風土記稿」によれば、大宰府天満宮の神職菅原善昇十八世の孫大鳥居信祐が正保3年(1646)道真の霊示をこうむり、「十立ちて栄ふる梅の若枝かな」という発句を得て、道真が愛した飛梅で神像を造り、江戸に下って亀戸村にあった天満宮の小祠を修造して神像を勧請したという。現在地の東南方にあたり、その後周辺を武家地とすることになったため、奉行の徳山五兵衛・山崎四郎左衛門に願出て、寛文2年(1662)松平信綱・久世広之の指揮のもとに現在地へ遷座した。翌年神殿・心字池など大宰府天満宮に模して造営された。
絹本着色束帯天神像は都指定文化財。現在まで梅・藤の名所として多くの浮世絵・地誌等に登場し、鷽(うそ)替え神事(1月24・25日)・藤祭りや受験合格祈願の参拝で知られる。例祭は8月25日。
日本歴史地名体系
東京都の地名

鳥居をくぐると一つ目の太鼓橋がある。心字池の中島にかかる橋で、池の周囲は藤棚で囲まれている。

二つ目の太鼓橋で、先は本社。

訪問日は2月6日。例年より梅の咲き方は早く、早咲きの梅の多い亀戸天神は梅がほぼ満開という状態であった。

案内図

亀戸天満宮 本所絵図(1863)

2007/02

藤の季節に再訪し藤の様子を掲載したいと思います。