泰敬山  長徳寺
たいけいさん ちょうとくじ
 時宗

  江戸期住所:南品川宿
  現住所:品川区南品川2-8-16

長徳寺
室町時代中期の寛正4年(1463)の創建と伝えられる。もとは現在の品川小学校校庭付近にあったが、寛永14年(1637)東海寺の建立にあたってその用地となったため、末寺常光寺のあった現在地に移った。

閻魔堂
本堂左の小ぶりのお堂。像高88cmの木像閻魔像坐像が祀られている。もと時宗の東光寺にあったものを移転したもので、江戸時代に入ると「南品川のおえんまさま」として信仰を集めた。陰暦の正月と7月16日は、地獄の釜の蓋が開く日といわれ、閻魔王に参詣する人で賑わった。

六道図(りくどうず)
6幅 嘉永2年(1849)に寄進されたもの。人は死ぬと六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)のいずれかに行くとされているが、その六道のそれぞれの世界を描いている。
品川の史跡めぐり

閻魔王坐像

長徳寺  東海道分間絵図 南品川宿

長徳寺の本堂左側に「閻魔堂」が描かれている。

閻魔堂
閻魔堂の本尊閻魔大王像は木像寄木造り、玉眼で像高86cmにおよぶ大きな像である。銘文は無いので制作年代は不明、寺伝では鎌倉期と伝えられている。しかしこれを断定する手がかりは何も無い。他の寺の閻魔大王像に見られない均整のとれた像容と重厚な作風、美術的にも価値の高い彫像である。
この像は木像の倶生神立像1対と木像の十王坐像10対が付属している。
長徳寺

上:正面中央に閻魔像、左右に十王像、倶生神像などが祀られている。

右:正面右側の十王像、倶生神像

下:正面左側の十王像、倶生神、奪衣婆像

右:奪衣婆像と十王像

下:倶生神像

当寺には寛永2年(1849)、36世昌全の代に寄進された「六道図」が六幅所蔵されている。この「六道図」は盂蘭盆会の際、本堂や閻魔堂の中に吊り下げられたものである。
「玄関之分」と記されている幅が二幅、「本堂之分」が二幅、「閻魔堂之分」が二幅あり、六幅が三ヶ所に分けて掛けられていたことを示している。この大幅の「六道図」は見世物の絵看板風の筆致で、泥絵の具で奇怪に、そして凄惨に六道の各情景を描いてあり、庶民臭が強い画幅である。
長徳寺

左壁面の六道絵

右壁面の六道絵

閻魔堂

本堂

長徳寺の成り立ち
寛政4年(1463)三河の人徳川有親公の開創になる寺。当寺は、もと北品川の旧東海寺の本堂あたりにあったが、寛永14年(1637)東海寺建立が家光の意向により進められた時、「替地として南品川の三ツ木(西品川付近)に用地を贈され、ここに移転した後に場所が不都合だということで末寺の常光寺があった現在の場所に移った」と記されている。
長徳寺

2006/07